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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(オ)143号 判決 1953年2月17日

青森県南津軽郡藤崎町大字藤崎字葛野

上告人

阿部兵一

右訴訟代理人弁護士

中林裕一

八木龍一

弘前市大字和徳町

被上告人

古川裕造

右当事者間の超過金返還請求事件について、昭和二五年四月一四日仙台高等裁判所秋田支部が言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人八木龍一及び同中林裕一の上告理由第一点について。

原審は所論の各証拠を採用して上告人のような過払の事実が存しなかつたことを積極的に認定している。しかし本訴請求の当否を判断するためには、かゝる過払の事実が存することを認め得るか否かを判断すれば足りるのであつて、原審は右の事実を認むべき証拠がない旨を判示しているのであるから、進んでこの事実がないことを積極的に認定したことは、蛇足に過ぎない。論旨はこの蛇足の部分に関する非難であるが、蛇足の判断につき仮りに瑕疵があつたとしても、それだけでは主文に影響を及ぼすものではないから、論旨は採用することができない。

同第二点について。

新民訴においても職権で当事者を尋問し得ることは、民訴三三六条の明らかに規定するところであるから、原審が職権で被上告人古川裕造を尋問しその結果を判断の資料としたことに所論のような違法はない。論旨は右と異なる独自の見解を前提とする主張であつて理由がない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見を以て、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二五年(オ)第一四三号

上告人 阿部兵一

被上告人 古川裕造

上告代理人八木龍一同中林裕一の上告理由

第一点 原審は左記のように採証の法則又は法律の規定に違反して事実を認定した違法がある。

一、本件は上告人が被上告人呈示の受領書をよく見なかつた為めに金参万七百六拾円とあつた記載を金参万七千六拾円と読違つて被上告人に金参万七千六拾円を支払つたと謂ふ案件である。

第一審採用の証人阿部スナ安部政三の各証言及原告(上告人)本人尋問の結果によれば上告人が支払つた金額が金参万七千六拾円であつたこと。

而して証人阿部スナ阿部兵一郎の各証言及原告本人尋問の結果並成立に争ない乙第一号証の二の記載に徴し窺知出来るように

(イ) 支払の当時上告人が病床にあつたこと

(ロ) 受領書の記載が読違い易しい数額であり永い間病床にあつて肉体上精神上疲労して居つた上告人がこれを一瞥しただけでは読違いすることもあり居る事であつたこと

(ハ) 然かも長男の注意によつて過払の事実を始めて覚知し当日直に被告上人の勤務先である訴外会社にその旨を通知したこと

等諸般の状況から判断して第一審の事実認定は相当であり若し之等第一審採用の証拠を排斥して反対の事実を認定する場合は之を覆すに十分な証拠資料がなければならないのである。

然るに原審が右第一審採用の証拠を排斥する資料とし採用したものは乙第一、二号証第一審証人永田伴雄の証言及原審に於ける本人尋問の結果に過ぎない。

依つて右原審採用の証拠を検討して見るに

(イ) 乙第一号証

上告人が被告上人に交付すべき金額が参万七百六拾円であることについて資料となり得ても上告人がこれを読違つて過払したと謂ふ本件では(上告人は右受領書記載の通り金参万七百六拾円支払いばよいところ参万七千六拾円を支払つたと主張して居るのである)これだけでは上告人の支払つた金額が参万七百六拾円であると断定することは出来ない

(ロ) 乙第二号証

上告人は第一、二審に於てその成立を不知を以つて答いたものである然るに原審は何等補足資料に基くことなくしてその成立を認定して証拠に採用したのは違法であり本件事実認定の資料とすべきものでない。

(ハ) 証人永田伴雄の証言

訴外会社が被上告人から受領した金額が金参万七百六拾円であるとの点についての証拠となつても(上告人は訴外会社に参万七百六拾円より入金がないとの事であつたので被上告人に過払した金六千参百円を不当利得として請求して居る本件に於て)更に上告人が被上告人に交付した金額が金参万七百六拾円であることについてはこの証言のみでは独立の資料とはならないものと思料する

(ニ) 原審に於ける被上告人の本人尋問の結果

後述する様な違法があるのでこれ亦証拠として採用することは出来ないのであるから(イ)確実な反証がない以上上告人の支払つた金額は金参万七千六拾円であること(ロ)被上告人が訴外会社に引渡した金額が金参万七百六拾円であつたことは当然認定されなければならず尚右二個の事実が認定される場合被上告人に於て本件債務を負担すべきことは理論上当然の結末であるのに拘らず原審は事実の認定は原審の専権に属するとの観念に拘はれて独断的に第一審採用の証拠をいずれも信用しないの一言を以つて排斥し之を覆すに足る十分の証拠がないのに拘らず然かも採用すべきでない証拠を採用して第一審と正反対の事実を認定したのは結局採証の法則に違背した過誤に基いたものと謂はなければならない。

二、原審は被上告人の抗弁事実認定の資料として乙二号証及原審に於ける被上告人本人尋問の結果を採用した然しながら

(一) 乙第二号証は上告人に於て不知を以つて答弁して居るのであるから之を証拠に採用するには先づその真正に成立したことを証拠に基つき認定しなければならないところ原審は争ある証書を成立に争ないものと認定し直に証拠に採用したのは採証の法則に違背したものであり

(二) 改正民事訴訟法は職権による証拠調の規定を削除した為め職権による証拠調は同法の許容しないところ原審は職権を以つて控訴人(被上告人)本人の尋問を為し然かもその結果を事実認定の資料としたのは明に法律違反であり原審は証拠とすべからざるものを証拠に採用した違反がある

ので右乙第二号証及控訴人本人尋問の結果は証拠として採用すべきものではない然らば原審は証拠によらないで適法に第一審が採用した証拠を排斥し証拠によらないで事実を認定した違法がある。(原審の事実認定の根幹を為すところの証拠は控訴本人尋問の結果であつて其の余の証拠は右控訴人の供述を維持する単なる傍証の役割を為すに過ぎないことは記録を調査し判文を熟読するときは容易に窺知せられるところであつて前記乙第二号証控訴人本人尋問の結果を除外した場合その余の証拠は第一審採用の証拠を排斥しこれと反対の事実認定を為す得る程の重要なものとは到底認められない)

第二点 原審は訴訟手続上に重大な違法を犯かして居る。

改正民事訴訟法は職権による証拠調の規定を削除した為め民事訴訟手続上職権による証拠調なるものは存在しない即ち裁判所は当事者の提出した証拠に基いてのみ事実を認定すべく証拠資料が不足な場合は挙証責任分担の法則に基いて判断すべきであつて証拠又は心証を得る為めに自ら進んで証拠調を為す権利及義務はないのである。

然るに原審は右法律に違背して職権を以つて控訴人(被上告人)本人の尋問を為す然かもその結果本件事実認定の重要な証拠に採用したのは訴訟手続上重大な誤りを犯かしたものでこの誤りの上にたつ原判決は当然破毀すべきものと思料する。

以上

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